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Doer(一日一食でミニマリストで原始仏教徒)

Knowing is not enough; we must apply. Willing is not enough; we must do.

マキシマリスト・シンプリスト・ミニマリスト・エクストリーミストの定義

ミニマリズム

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今更どぉでもいいんだけど

……確かこのテーマ、だいぶ以前にミニマリスト界隈で流行った気がするんですが、3周回遅れぐらいで書いてみます。

すなわち、『マキシマリスト』『シンプリスト』『ミニマリスト』『エクストリーミスト(極限民)』、それぞれの定義及び区別分類ですね。

自分の意見を簡単にまとめると、以下の図になります。

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横軸が『アイテム数』を表し、縦軸が『パフォーマンス』を表します。

ここでいう『アイテム(日:項目)』とは、物理的なモノに限らず、利用しているサービス、人間関係、習慣など、その人にまつわる諸々の生活要素を一まとめにしたものです。

そして『パフォーマンス』は、いわゆる『効率』のことです。パフォーマンスが高ければ高いほど、その人の潜在能力を発揮できている状態となります。

一般に、アイテムが多ければ多いほどマキシマリストに近づきます。

逆に、アイテムが少なければ少ないほどエクストリーミストに近づきます。

マキシマリストもエクストリーミストも、ベクトルは真逆ですが、どちらも『魔境』に陥った人々です。

そしてミニマリストやシンプリストは、マキシマリストよりもアイテムが少なく、エクストリーミストよりはアイテムが多い人、という位置づけになります。シンプリストの方が若干ミニマリストよりアイテム数が多め?

ミニマリストの定義

では本題ですが、具体的にミニマリストとはどのように定義すればいいのか?

『アイテム数が〇〇個より少ない人』???

自分の意見は『NO』です。

なぜならミニマリスト及びミニマリズムとは、生活のパフォーマンスを上げるためのものであって、アイテムを減らすことそれ自体を目的とするものではないからです。

『パフォーマンスが最大化されるまで減らした人』。

それがミニマリストだと考えます。

アイテムの絶対数に意味はない

そもそも人によって必要なアイテム数は異なるため、アイテムの絶対的な数量によってミニマリストを定義することはできません。

例えば、仕事道具が必要な人は、その分モノが増えます。

病気がちな人は、保険などのサービスや、薬などのモノが増えます。

知人友人の多い人は、人付き合いが多くなります。

田舎の人は、都会の人より必要なモノが増えます。

『アイテム数が〇〇個より少ない人』という発想だと、特定の仕事に就き、健康体で、孤男で、特定の地域に住む人しかミニマリストになれない、という結論になります。

それは何か違うんじゃなかろうか?

その人の置かれた状況下で、その人なりの『最小限』を目指す。それこそがミニマリズムではないかと考えます。

ヘビー級ボクサーは肥満か?

このことはダイエットに例えると分かりやすくなります。

仮に自分が体重100kgになったら、間違いなく肥満です。贅肉だらけのブヨブヨです。

しかし100kgのヘビー級ボクサーがいたとして、果たしてそれは肥満と呼べるだろうか?

自分は「適正体重である」と答えざるを得ません。

なぜなら自分の数字だけの100kgとは違い、彼らプロアスリートのボクサーは

筋肉量が違う!

運動量が違う!

骨格が違う!

体脂肪率が違う!

100kgの自分は(肉の)マキシマリスト以外の何物でもありませんが、きっと100kgの彼らはミニマリストに違いありません。

ゴミ屋敷住人はミニマリスト足り得るか?

この考え方を発展させていくと、ゴミ屋敷並みの物量を有する人でさえ、確率上はミニマリストになり得る、ということになります。

ただまぁ……確かに理論上はそうなるんですが、さすがにそこまで行ってしまうと説得力に欠けるかもしれません。

『※ただし〇〇個以下に限る』ぐらいの条件は追加してもいいかもしれません。

『〇〇個以下の範囲で、パフォーマンスが最大化されるまで減らした人』???

(「じゃあ〇〇個って具体的にいくつなんだよ!?」という不毛な議論に発展し、永久に決着の付かない未来が見えますが……)

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