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Doer(一日一食でミニマリストで原始仏教徒)

Knowing is not enough; we must apply. Willing is not enough; we must do.

ミニマリズムをお勧めする理由(動画あり)

ミニマリズム

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ミニマリズムをお勧めする理由

ミニマリスト』と呼ばれる人たちがいます。

彼らは『最小限主義者』とも呼ばれ、人生にまつわるムダな『生活要素』を極限まで省き、最小化しようと努めます。生活要素とは『物』や『サービス』や『人間関係』や『習慣』など、その人に属する諸々の付帯要素のことです。

結論から申しますと、このミニマリストという生き方は非常にお勧めです。

人生に不安を感じ、行き詰っている人ほど、この生き方を実践していただきたいと思います。

この生き方をするだけで人生の難易度がグッと下がります。『VERYHARD』から『HARD』、はたまた人によっては『NORMAL』ぐらいにまでなってくれるかもしれません。

ではなぜそのようなことが起きるのでしょうか?

1.時間が余る

人は諸々の生活要素の維持管理に、多大な時間を費やしています。

例えば物をたくさん持つ人なら、そのメンテナンスに。サービスを受ける人なら、その最中に。交友関係の広い人なら、その付き合いに。習慣を持つ人なら、その毎日に。

その人が己の判断で、好きでそうしているなら問題ないのですが、ただ何となく『周りが皆そうしているから』『そうするのが当たり前だから』と、半ば思考停止状態で流されてそうしているのだとしたら、非常に勿体無いことです。

その人が時間に追われ、こなすべきタスクをいくつも抱えているならなおさらです。

物なんて買わなくていいし、サービスなんて受けなくていい。中身の薄い人付き合いなんていらないし、周りに合わせるだけの習慣なんていらない。

必要なものだけに厳選しましょう。

例えば自分は、物やサービスに金を使わないのはもちろん、人付き合いも最小限で、食事も1日1回です。

その是非はさておき、以前より時間が余ったのは間違いありません。

そのおかげで、日曜に土木作業をし、土曜に簿記の勉強もし、ブログも書き、動画も投稿するなどという、アホな真似ができているのではないかと思います。

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(鎧(生活要素)を外し、残像が見えるほどスピードアップした図)

2.自己完成が早まる

先の『時間が余る』にも通じる話ですが、ミニマリズムを実践する人は人間としての完成が早いです。

『人間としての完成』とは何か? 一言で言えば『成人』『大人』になることです。

もちろん肉体年齢のことではなく、精神年齢のことですが。

例えば現代日本の成人と、昔の日本の成人とを比べてみましょう。

今の日本の成人は当然20歳ですが、かつての日本人は12 - 16歳で『元服』していました。更に言えば、現代日本人は30歳成人でちょうどいいと個人的には思っています。

この差には、今と当時の寿命の違いなど、様々な要因があるでしょうが、『昔の社会の方がシンプルだった』というファクターも間違いなくあるように思います。

現代は情報社会と呼ばれ、子供が社会へと出て行くにあたり吸収しなければならない要素が山積みです。その内容は複雑かつ多岐に渡り、高度化されています。そして社会に出てからの生き方の選択肢も様々で、それらも吟味した上で選び取らなければなりません。

よって必然的に、それらの十分な習得および意思決定までに時間がかかり、『大人』になるのに時間がかかります。『家督を継ぎ、家を守る』など、そういった社会通念だけを信じていれば良かった時代とは違うのです。

情報や選択肢が増えた分だけ、迷う時間も増えたと言えます。

ですがミニマリズムにより生活要素を厳選すると、自ずとその人のライフスタイルもシンプルになり、選択肢が減って習得が早まります。生き方に迷いがなくなり、確固たる人生が歩めるようになります。

PCで例えるなら、それまで複数のアプリケーションをマルチタスクで並行に起動していたものが、それらを閉じて特定のものだけに絞った結果、CPUやメモリを100%近く使えるようになった感じです。

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(現代的マルチタスクによる迷いの図)

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(タスクを減らしてスッキリした図)

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(完成)

ただしいきなり若いうちからミニマリストになるのではなく、20代のうちは色々な選択を試し、失敗し、迷い、そろそろ総括のまとめに入ろうかという頃に、目指されるのがベストかと思いますが。

せっかく選択肢が豊富にあるのですから、時間の猶予がある『モラトリアム期間』のうちは、後悔の残らぬようじっくり吟味しておくのが良いでしょう。

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(とは言え、モラトリアム中に調子こいてやりすぎた図)

3.金が余る

これは読んで文字の如く、そのまんまです。理由は説明せずとも分かるでしょう。

物やサービスに使う金、人間関係を維持するための交友費、習慣継続による出費(食費等)、それらを大幅にカットすることができます。

それにより何が起きるか? 一例として、自分の目指す『B.5ライフ』のような、ローコスト生活で気楽に生きることが可能となります。

逆にそのような生活を目指すなら、低所得でも困らないローコスト体質を身につけておくことは、むしろ必須習得条件ではないかと思います。

よくゲームの世界でも、特定の上位スキルを習得するには、その下位のスキルをある程度極める必要があったりしますが、それと似たようなものです。

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(条件を満たしていればBライファーになれます)

4.主体的に生きられる

生活要素を断捨離していく過程で、否応なしに判断力が身に付きます。『これは自分にとって必要か、必要でないか?』の判断を絶えず行っていくのですから、当然といえば当然ですが。

そうして無事に要素を絞り込むことができれば、何事も『必要か、必要でないか』の基準だけで判断できるようになり、適切な取捨選択のできる大人になっていることでしょう。

『周りがみんなやっているから』『そうするのが普通だから』などという言い訳の中にいるうちは、その人はまだまだ精神的には子供なのです。

主体的な大人は何でも自分で考え、自分で行動し、自分で責任を取るものです。

何でも受身体質で流されてばかりいるうちは、親に行動を制限されている子供と大差ないということです。

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(みんなやってりゃ何でもいいんかい!(激おこ)

まぁだからと言って、何にでも噛み付く『犬儒的人間(シニカル人間)』になれというわけでもないですが。やりすぎると他人を不幸にするウザい奴に成り果てます。

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5.心身ともに健康になる

これも読んで文字の如くです。

まず身体面では、物を捨てることによる影響が大きいです。部屋が綺麗になると、誇りやカビやダニやGなどが発生しにくくなり、物理的に体が健康になります。

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あとはタバコや酒や過食などの習慣を控えることでも健康になれます。自分の場合は一日一食がそれに該当します。朝食と昼食を断捨り、内臓の負担を省いたということですね。

また精神面についてですが、物を所有したり、何かを維持管理することには思い患いが付き物です。

白いTシャツが使い古され、黄ばんでいけば不快になります。

財産があれば失うことを恐れ、そして失えば悲しくなります。

昔ながらの日本的職場だと、飲み会に行かなければなりません。

何かを始めれば習得の過程で悩みます。

お菓子ばかり食べていると、中毒になって低血糖症か糖尿病になります。

LINEを始めれば『LINE既読問題』でストレスが溜まります。

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ブログを書き始めたら、アクセス数の減少が気になり、『早く次の記事書かなきゃ……』と焦ります(爆死)。

もちろん最低限、必要なものを維持管理するのは構わないのです。それに所有することから得られる喜びも確かにあるでしょう。

要はバランスの問題なのです。

ですが現代人は、情報化社会、資本主義社会に踊らされ、多くの不要なものまで抱え込んではいないでしょうか? 多くの場合、『持ちすぎ』『管理しすぎ』の方向に傾いているように思います。

従って、ミニマリズムによりバランスを適切な位置に戻すことができるのです。

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6.潜在能力を発揮できる

『心身ともに健康になる』に通じる話ですが、思い患いがなくなると、目の前のタスクに集中できるようになります。ひいてはそれが、己のポテンシャルを最大限発揮することに繋がります。

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例えば自分の場合も、『帰ったら記事書かなきゃ』『動画作らなきゃ』とか考えていると、かなりの確率で梱包ミスをします。

というかまさに今日、記事の枯渇と劣化によるアクセス数の減少が気になり、まともな記事を書かなければというプレッシャーがかかり、ソワソワして作業に集中できませんでした。

またそれとは別に、最近ははてなブックマークやツィートの数も気になり、深刻なストレスとなっていました。よって思い切ってそれらソーシャルボタンを全て断捨離しています。おかげで少しはストレスから解放されました。

そうした余計なことに気を奪われ、迷っているうちは、潜在能力を発揮するなど不可能です。

迷いを断つためにも、不要なものはさっさと断捨離しましょう。身軽な状態こそが己を強くしてくれます。

そして迷いのない人間は強い。

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ただそれを言ってしまうと、「そもそもブログ自体やめればいいじゃん」って話なんですが、これら情報発信活動は自分にとって『必要』の範疇に含まれるので、ストレスが多少あってもやめることはないと思います。

捨てること自体を目的にするのではなく、あくまで用法・容量を守って断捨離しましょう。

7.将来の不安が減り、タフになる

そもそも何かを所有しなければ、失うこともありません。

ですが所有している限り「いつかそれを失うかも」という潜在的な不安に苛まれ続けます。

多くの人は『持てば持つほど将来の不安は減る』と思っているようですが、実際は逆で、『持たなければ持たないほど不安は減る』のです。

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所有があると、そこに油断甘えが生じます。それどころか、失ったときのことを考えて不安になり、そして実際に失ったら対応できなくなります。

例えば大震災などがそうで、所有が多ければ多いほど、失うものも大きいです。普段から各種の物やサービスやインフラなどに依存していた人は、ちょっと不便な生活に突入しただけで相当なストレスに苛まれるでしょう。

まぁ備蓄などに励むのはアリかもしれませんが、やりすぎるとかえって平時における不安を増幅させ、その人を弱くするのでマイナスだと思います。貯金などと違って、それらが必要になると言う保証はないですからね。地味に費用や維持管理の手間もかかりますし。

ミニマリスト的には、そのような状況に陥ってもどうにかできるよう、普段から自分を鍛えてタフにしておくことの方が重要だと思います。

最悪雨水やトイレの水だって飲もうと思えば飲めますし、野草や昆虫だって食えないことはありません。布団なんかなくたって、体育館の床だろうが直に寝れます。

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8.我欲から解放され、器の大きな人間になる

ミニマリストを続けていると、欲望が小さくなっていきます。

最低限の生活で生きていけると分かってしまうと、むやみに所有する必要性を感じなくなるんですね。

むしろミニマリストになる前の経験と照らし合わせて、明らかに持たない方が気楽だと、身に染みて分かるのです。

ともかくそうして、その人の内側の『欲望の最大値』が減少していきます。

もちろん人間ですから、それなりの欲望は依然としてありますが、完成されたミニマリストはせいぜいコップ程度の大きさまでミニマイズされています。

一方多くの人は、欲望を満たすためのバケツを心にかかえており、常に何とかして水を満たそうともがいています。ですがバケツは容量が大きいだけでなく、人によっては底に穴すら空いているので、それを満たすのは容易なことではありません。

それは分かりやすい苦しみの道です。

またそれとは別に、欲望の器を小さくする副次的効果として、しばしば他者への思いやりが生じます。

先ほど器がコップ程度まで小さくなると述べましたが、器が小さければ水が満たされるのも早くなり、すぐに溢れ出すようになります。

そして、その溢れた分の水こそが『思いやり』『愛』といった感情です。

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溢れた水に対し、『溢れた分が勿体無いから、他の人に分けてあげよう』という気持ちが生じるのですね。変な例えですが、余命わずかな老人が未来ある若者の代わりに犠牲になろうとする感覚? に近いかもしれません。

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欲望の器が小さくなると、逆に人間としての器は大きくなるのです。

まとめ

ミニマリスト的観点から申しますと、世の中には大雑把に分けて2種類の方向性の人間がいると思います。

ミニマリスト『マキシマリスト』です。

多くを持ち、蓄え、常に何かに備えようとするマキシマリスト(最大限主義者)たちは、いわば『巨大重装甲型』の人間です。

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それに対し、持つことを厭い、手放し、常に身軽であろうとするミニマリスト(最小限主義者)たちは、『最小軽量型』の人間と言えます。

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人生における各種の問題について、マキシマリストが重装甲で何とかしようとするのに対し、ミニマリストは軽快なフットワーク、機動力で立ち向かいます。

そして結論から申せば、実際には後者の方が有利だと思います。

ここでいう『重装甲』とはすなわち、所有そのものの『厚さ』といったところですが、それらは役に立つよりむしろ、重荷となって足を引っ張る局面の方が多いように思います。

なぜなら、いつ訪れるかも分からないような不安に対して備えておくのは、しばしばエネルギーの浪費となり、無駄だからです。

貯金のように、明確な使いどころが判明しているものは別として、それ以外のものはいつ役立つかも分からないようなものばかりです。

重要なのはあくまで『今』『現在』『この瞬間』、もしくは訪れることが明確な事項だけであって、杞憂に頭を悩ませるのは限られた脳リソースの無駄遣いなのです。

例えば保険などの存在意義を否定するわけではありませんが、本当に多くの人にとって、常に高い保険料を払ってまで備えておく必要があるのでしょうか?

多少資金に余裕があって、金を払ってでも万一のための安心感を得たい、というなら分かりますが、何となくの惰性で必要のないものまで金を払ってはいないでしょうか?

それに先述したように、重装甲に守られている(ように錯覚する)と、内側の人間はかえって油断して弱くなります。それに小回りも効かず身動きも鈍重になりがちです。

例えるなら大艦巨砲主義が小型航空機の機動力に敗れたようなものでしょうか。

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重要な局面において本当に強いのは、ミニマリストだと思います。

ガンダムでも、でかい奴は小さい奴に破壊されるイメージが強いです)

ただ誤解のないように付け加えておきますと、ミニマリストは蓄えるなと言ってるわけではありません。ましてや清貧を貫けと言ってるわけじゃないです。マキシマリストだろうがミニマリストだろうが、蓄えが多いに越したことはありませんし。大金持ちのミニマリストがいたっていいです。

ただそれが重荷となるのが問題なのであって、重装甲型の装甲版のように、常に自分の外側に貼り付けて依存するような真似をしなければ良いのです。

『蓄えはあるが、なかったらなかったでどうにでもなる』状態が理想だと思います。

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(スタンドも強いが、既に本体が強い人)

 

以上。

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