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Doer(一日一食でミニマリストで原始仏教徒)

Knowing is not enough; we must apply. Willing is not enough; we must do.

トラウマを乗り越える方法

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※リクエスト記事です。

はじめに

この記事の依頼を受けたとき、どのように回答すべきか悩みました。

というのも、自分はプロの心理学者でもないし、現役の僧侶でもないからです。心理学的なアプローチも、仏教的なアプローチも、どちらを試みても中途半端なものに終わるでしょう。

ですが読者さんも、あえて自分『ナス農家』に頼む以上、別にプロの意見を求めてるわけじゃないよなと開き直りました。

よって世間一般に通用するジェネラルなものではなく、自分の実体験を元にした、どこまでも私的な見解を述べさせていただきます。

トラウマを乗り越え『た』方法

まず大前提として、自分はトラウマ持ちの人間です。

それを不完全ながらも乗り越えて、今現在に至っています。

トラウマの詳細は省きますが、大雑把に言えば『人が死んでもおかしくない』ぐらいの強度です。今でもたまに『殺せ』とか『死にたい』とか、その手のネガティブワードが頭をよぎり、口を衝いて出るぐらいです。

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未だ完全回復していないとはいえ、どのようにしてまともな社会生活が送れるレベルまで回復したのでしょうか?

時間の経過に任せる

最終的にはトラウマを治療・処理する必要がありますが、心に大きな傷を受けた直後は、対処法もクソもないと思います。

重い鈍器で殴られた直後、「ここが損傷を受けているから治療しよう」などとはならないでしょう? 「痛ッテェェェェーッ!!((((;゜Д゜)))とまずはもがき苦しむのが普通です。それがある程度収まってから、こうこうこうしようと頭が回りだすのです。

よって、まずトラウマが生じた直後に必要なことは、その苦しみをありのままに感じることだと思います。

抑圧してなかったことにする、忘れてしまうのではなく、その苦しみにどっぷりと浸ること。そうすることで心の免疫系が活動を始め、少しずつ傷を癒そうとします。

臭いものに蓋をしたところで、内側にガン細胞を抱えるだけで根本的解決にはなりませんから、遅かれ早かれどうせいつかは向き合わなければならないのです。

(あまりにダメージが強いと、幼児退行したり、多重人格になったりと、心が治療をあきらめて問題を丸投げするケースもありますが)

ですから苦しいときは、ただ苦しくありましょう。

肉体と違って心の傷は治癒が遅く、非常に時間がかかりますが、それでも着実にカサブタが形成されていきます。よほどのダメージでない限り、何とか生存を保てる程度には痛みも引くはずです。自分は5年ほどかかりましたが。

苦しみを分析する

傷がある程度癒えたなら、次は苦しみに向き合い、それらを一つずつ治療していくプロセスです。

この辺から心理学的療法や瞑想など、各種のメソッドが効果を発揮するように思います。

具体的には、トラウマの原因となった風景を思い起こし、なぜそのようなことが起こったのかを冷静に『理由付け』していきます。

自分の例ですが、かつて誰かにひどいことをされたのであれば、その誰かの視点に立って、なぜそのような行為に及んだのかを考えてみる。

彼らにはそうするだけの理由があったのではないか? 自分はそうされても仕方ないような行いをしていたのではないか? と。

そして今度は逆に、自分の立場に戻り、なぜ自分はそのような行いに及んだのかを考えてみる。

若すぎて、しかるべき教育を受けていなかった。誰も教えてくれなかった。

そこから更に、ではなぜ教えてくれる人がいなかったかを考えてみる。

日本の教育制度の限界。教える立場の人もまた、教えられていない。

ではなぜ教える立場の人もまた……? と、後は延々と無限ループが続きます。

ですが考えが一巡し、とりあえず思考することにも満足すると、自ずと『ある真実』に気付きます。

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『石を投げれば落ちる』ように、『水が高きから低きに流れる』ように、

全ての出来事は起こるべくして起こっているのです。

風が吹けば桶屋が儲かるように、全ては現象と現象の連鎖によって発生します。いわゆる『カオス理論』です。『ピタゴラスイッチ』です。『運命』です。

そう考えれば結局、『あいつはクズだ』『俺はゴミだ』などと、いちいち誰かを憎んだり、自分を責めたりする必要もなくなります。

だって仕方ないんですから。全ては起こるべくして起こってるんですから。

誰かの行いも仕方ない、自分の行いも仕方ない、ならそこに加害者も被害者も存在せず、悪人も善人も存在しない。

こうして一つずつ着実に、トラウマの原因を『赦していく』ことができれば、憎しみに染まりきった心も少しはマシになる気がします。

苦しみを転化する

苦しみを分析しても、完全にトラウマを消し去るのは難しいと思います。

それができるのは傷の一部分だけで、大なり小なり心にポッカリと穴を開けたまま、一生を過ごすケースが多いのではないでしょうか? 未だにネガティブワードが思考をよぎる自分がいい例です。

ですが救いがないわけではありません。

苦しみというのは一見、百害あって一利なしの存在に思えますが、一方で人間の生きる活力にもなるという、プラスの側面も持っているのです。

例えばこんな言葉があります。

『植物に水も肥料もたっぷりやって安心させると、花は咲かない。だが栄養が不足し始め、生命の危機を感じると、次代に繋ぐために花を咲かせる』

よく人間の男性でも『死ぬ間際になると射精する』など、そんな話をチラホラ聞きますが、原理は同じです。

これは苦しみにも同じことが言え、心に満たされない穴を抱える人は、その穴を満たすべく必死になってもがくのです。

例えば人間が呼吸をするのは、呼吸を止めたら苦しいからです。その苦しみが呼吸という動作の原動力となります。苦しいのが嫌だから行動します。

自分がこうしてニコニコ動画やブログで情報発信しているのも、心に開いた大穴(トラウマ)を埋めたいからです。

逆にもしトラウマを持たずに生きていたら、平和だけど退屈で虚無的な人生を送っていたかもしれません。

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どん底に落ち、ダークサイドに堕ちるのも悪いことばかりではないのです。

陰属性に染まることで、初めて得られるものもあります。

ですから一生癒えないトラウマを抱える人は、その負のエネルギーを生きる活力に転化させることです。

ぶっちゃけ最初は、復讐だとかそんな理由でも良いと思います。

ですが最終的には、これまで利己的な生き方を利他的な生き方に改める、そんな昇華の仕方がベストです。

あなたと同じ苦しみを味わう人がこれ以上増えないよう、何か活動されてはどうでしょうか?

真の意味でトラウマを乗り越えるには、そのような建設的な生き方をする他ないと思います。

トラウマを生きる力にできるなら、それだけであなたは無敵なのです。

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