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Doer(一日一食でミニマリストで原始仏教徒)

Knowing is not enough; we must apply. Willing is not enough; we must do.

スーパーのレジでのやり取りが激しく面倒臭い件

わたくしごと

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自分は財布を断捨離しており、カード入れしか持ち歩いていないため、買い物での支払いはもっぱらデビットカードになるのだが、ほぼ毎日のように通う行きつけのスーパーでのやり取りが、最近面倒くさすぎて苦痛になってきた。

店員『ポイントカードはお持ちですか?』
ナス『いえ』
店員『ポイントカードはお作りになられますか?』
ナス『いえ』

店員『袋はお付けしますか?』
ナス「はい」

店員『カードは一括払いでよろしいですか?』(なぜか必ず人差し指を立てて聞いてくる)
ナス『はい……』

こういったやり取りのことである。

 

これが一度や二度ならどうってことないのだが、ほぼ毎日のように通うスーパーでこれをやられると、いい加減受け答えするのも嫌になってくる。
更に自分は冷蔵庫を使用しない主義のため、買いだめはせず、その日食べる分だけ買うスタイルであり、必然的に通う回数が多くなってしまうのもキツい。

というか、これだけ毎日通っているのだから、間違いなく顔は覚えられているはずであり、あ、今日も『カード坊主』が来た」的なあだ名すら付けられていてもおかしくないのだが、一向にやり取りが変わる気配はない。

きっとパートやバイトの皆さんは、上司にそう教育されているからそうしているだけであり、
むしろ自分流のアレンジを加えたら説教されかねない立場なのだろうが、こういう社会って一言で言って幼稚』ですよね。

先のやり取りで説明するなら、まずポイントカードは客の方から出してきた場合だけ対応すれば良いのであって、出す気配のない客にいちいち聞かなくてよろしい。
同様に、ポイントカードの作成も作りたいと言ってきた客にだけ対応すればよろしい。

レジ袋については、せっかく『レジ袋不要ですカード』があるのだから、それが入っていない場合は問答無用で突っ込めばよろしい。

カードについては……たかだか500円程度の買い物で分割払いなんぞするわけないでしょう。
むしろする人がいたら見てみたいというか、それ以前に自分のカードはデビットカードなので、1回払いしかできませんからッ!

と、そんなわけで、全国のスーパーにセルフレジ設置が義務付けられる日を願って止みません。
でもこういうマニュアル対応って、幅広い客層に対応するためというか、何でもかんでも説明しないとクレームを付ける一部の困った輩のせいなんだろうね……。


それはさておき、このレジでのやり取りに限らず、日本全国のサービス業はどこもサービス過剰なわけだが、「この日本人独特のめんどくさい国民性は何なんだろうか?」とこれまで何度も疑問に思ったことがある。
今回も例に漏れず、興味が出たので色々ググって見たわけだが、偶然にもかなり面白い論説を見つけることができた。

システム論アーカイブ『なぜ日本人は幼児的なのか?』

自分流のかなり大雑把なまとめになるので、興味が出た人はぜひ原文を読んで欲しいのだが、要は日本人というのは『発達未熟な幼児の集団』なのである。

イメージとしては、お母さんが小学生の子供の世話を焼いている図を考えてもらえればいい。

「〇〇ちゃん、ちゃんとハンカチは持った?」
「〇〇ちゃん、ちゃんと靴下は履いた?」
「〇〇ちゃん、行ってきますの挨拶は?」
「〇〇ちゃん、ピーマンも食べなきゃダメよ?」

こうして母親がおんぶにだっこで世話をするから、子供はいつまで経っても親離れできず、甘え続ける。
そうして子供が甘え続けるから、母親の方もおんぶにだっこを続けてしまう。
その挙句、少しでも突き放して自立を促そうとすると、ピーギャー泣き喚くどうしようもない子供が出来上がる。

なんか、過剰サービスのマニュアル接客と、少しでも不備があればわめき散らすクレーマーの図に似てません?

そういった母子の甘えの連鎖から抜け出すには、本来父親の存在が不可欠である。

『〇〇、これはお前の責任だ。お前がなんとかしろ』
『〇〇、失敗しても誰も助けてくれないぞ。だから努力しろ』
『〇〇、時には我慢が必要なこともある。このくらいで挫けるな』
『〇〇、何をやっている! 弱いものいじめなど、人として恥ずかしいと思わないのか!?』

だがどういったわけか、日本にはそういった『父性文化』が希薄であるらしい。

原文によると、日本の『伝統宗教』や『自然環境』や『歴史』に原因を辿ることができるらしいが、こと現代においては、物理的に父親が子育てに参加できていないことも原因として大きいような気がする。
父親が仕事で忙しすぎて、子育てを母親に委ねすぎなのである。

つまるところ、この日本人の独特な国民性は、『父性』が慢性的に欠落し『母性』に傾きすぎたがゆえの、発達未熟による幼児性の現れではないか、と自分は解釈している。
現にそう考えてみると、これまでに自分が読んだどの『日本人論』よりも、身の回りで起きている諸々の現象が、スゥーッと腑に落ちて理解できるのである。

(読者の中には「そんなことはない。サザエさん波平みたいに、昔は怖い父親がたくさんいたじゃないか。日本人にだって確とした父性はある」と仰る方もいるだろうが、彼のような亭主関白とて、要は奥さん(フネ)がいなければ身の回りの世話一つすらできない『大きな赤ちゃん』に過ぎない)

随分と話が長くなってしまいましたが、要は、互いが互いのことを『一から十まで手取り足取り教えてあげなければ分からない子供』と過保護にせず、成熟した一人の大人として、相応の立ち振る舞いと責任能力を要求することが重要なのではないでしょうか?
そして同時に、何でもかんでも相手に頼らず、最低限のことは何でも自分で解決するという、自助努力の意識を持つことかと思います。

レジの件に関しても、ああいう大人を舐めくさった幼稚なやり取りをなくせば、1日8時間労働のところを、7時間半労働ぐらいには圧縮できそうな気がするんですが、全国の店長さん、いかがでしょう?(ていうか全部セルフレジでよくね?

あとがき

次の買い物の時、まためんどくさい決まり文句を連発されたら、常連客の一人として改善要望を出そうかと思います。店長に伝えといて、的な感じで。
それでも変化がないならば、『仕方ないね』の寛容の心で諦めます。

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