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Doer(一日一食でミニマリストで原始仏教徒)

Knowing is not enough; we must apply. Willing is not enough; we must do.

俺がミニマリストになった理由

ミニマリズム

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前にもちょっと触れたが、この時代に週5日労働が当たり前というのはどう考えてもおかしい。
お金を稼ぎたいとか、仕事自体が好きとか、そういう働きたい人が働くのは結構だが、自分みたいに労働意欲が低く最低限生きていければいいや的な人間には、もっと短い労働時間の選択肢が欲しいところである。

 

現に自分がミニマリストになったのは、金銭を必要としない体質になって必要労働時間を減らすためだ。
今となっては、ミニマリズムが金銭的恩恵以外にも、多くの素晴らしい利点(主に精神的平穏)を有していることに気づかされたが、正直きっかけはそれだと思う。

だが最初からこういう考え方だったわけではない。ミニマリズムにたどり着いたのは、それなりに紆余曲折を経てのことである。

かつての自分は、「社会人になったら週5労働が40年も続くのだから、自分の好きなことを仕事にして楽しく働きたい、むしろそうでなければ耐えられない」と考えていた。
そのため大学を中退してまで、好きなジャンルを仕事にしてみたわけだが、その手の業界に進んだところで結局、仕事は仕事に過ぎないのであり、別に自分のやりたいことがやれるわけではないのである。楽しく仕事をするなど幻想に過ぎず、現実はストレス漬けの毎日だった。
本当にそんな働き方ができるとしたら、自分でプロジェクトを推進できるような偉い立場になるか、起業するか、金銭面を無視して趣味的にやるぐらいしか方法はないのではなかろうか?
好きなことを仕事にするというのは、『好きこそものの上手なれ』という言葉もあるように、一見正しいように聞こえてしまうのだが、実際はなかなかの獣道だと思う。

それならば、仕事に楽しさは求めないが、せめてその仕事をすることに誇りぐらいは持ちたいとも思うのだが、あいにく自分のような極左脳型人間にとって、現代日本に存在する仕事の多くは、『なくなっても誰も困らない』『あってもなくてもどうでもいい』的な無駄な仕事、一言で表せば虚業に見えて仕方ない。むしろそういった虚業の蔓延が、日本の長時間労働の原因の一つとすら思っている。
もちろん全てがそうというわけでもなく、農業のような第一次産業とか、僧侶とか、非常に強い憧れを抱く職業もあるにはある。特に僧侶なんかは、仏道に携わって、人のため世のためになることをして、お天道様に恥じない生き方がしたい』などと本気で思っている自分にとっては、憧憬を禁じ得ないわけだが、『適正があるかどうか』『実際にそれで食って行けるかどうか』は全く別問題なのである。

というわけで、自分の労働意欲は低い。発想としてはどうにかして労働時間を減らす方向にしか行きようがない。

そうしてたどり着いたのが、アフィリエイトせどりといったネットビジネスだったが、しばらく試行錯誤した結果、自分には無理だと悟った。
そもそもアフィリエイトせどりといった仕事自体、自分的判断基準ではモロに『虚業』なのである。
アフィリエイトについては、何かをググったときも真っ先にスルーする程度の存在だし、今までそれらが存在することの必要性すら感じたことがない。それにアフィっている商品も、自分にとっては価値の感じられないものばかりだった。
せどりに至っては、『転売』という行為自体がもう嫌なイメージである。普通に売れやと思ってしまう。こんな仕事で儲けを出したところで、後ろ指を差される人生しか送れないんじゃないかとすら思わされた。
そうして結局、それらをしばらく試した後に、「心の底からやりたくない」という吐き気のような感情に襲われ、全く儲けも出せないうちに断念するに至った。

次に株やFXといった投資に興味が出た。
これも一言でまとめてしまえば『虚業』であり、所詮は『画面向こうの他人との金の奪い合い』(しかも元締めの証券会社が一番儲かる)に過ぎないのだが、感覚としてはゲームをプレイしてるようなものなので、これといって抵抗はなかった。
だがその代わり、ゲームとは違い目の前でリアルマネーが溶けていくのが恐ろしくて、ロスカットの設定が厳しくなりすぎた。それにデイトレスキャルピングといった難度の高い短期取引をやったのも、自分のような初心者には敷居が高すぎたと思う。
そのせいで大損だけはしなかったものの、いわゆる『ロスカット貧乏』となり、利益を出せる気が全くしないままあきらめることとなった。
本来のファンダメンタルズ投資と違い、あの手のギャンブル性の強い投資というのは、恐らく最初から金に余裕があり、金を失うことを恐れず執着しない金持ちが儲かるものであって、金に余裕がなく儲かることを望み、失うことを恐れてしまう凡人には向かないのだ
金が本当に必要な人間、金への執着が強い人間は、チャンスの到来を待てず質の悪い取引ばかり重ねてしまったり、ロスカットを設定しなかったり、利食いを欲張って逃したり、逆にロスカットを厳しくしすぎたりして、精神的に負ける宿命なのである。

こうして結局、自分には『金を稼ぐ能力』『金を投資する能力』もないという現実を突きつけられ、なら後は『金を使わない能力』を磨くしかない、という結論に至ったのである。幸いなことに、自分にはこの能力だけはあってくれた。

だから自分がミニマリストになったのは、己が金銭的弱者であるが故であり、自分にとってのミニマリズムとは、『行き場を失った弱者の最後の砦』なのである。『弱者の技術』と言ってしまっても良い。
普通に仕事で稼げたり、投資で大もうけできる強者なら、最初から金銭的ミニマリズムなど不要なのだ。
それはグラップラー刃牙で例えるなら(自分はバキネタが大好きです)、地上最強の生物である範馬勇次郎が技術を必要とせず、しばしばそれらを『女子供のもの』と切り捨てるようなものであり、もしくは生粋の強者である花山薫が、そもそも鍛えること自体を必要としないようなものである。

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……分かる人にしか分からない例えになりましたが、要は自分の場合、ミニマリストにでもならない限り、現代社会を生き抜ける自信がなかったということですね。

自分は基本、ミニマリストの立場からブロマガを書いていく予定ではありますが、最初から金を稼ぐ能力や金を投資する能力がある人の場合、もしくはまだそれらの能力があるかどうか分からない人の場合、ミニマリズムも素晴らしいですが、まずはそちらの方面から人生ゲームを攻略してみることをお勧めします。

あとがき

全く話は変わるのですが、こうしてブロマガを書き始めてはみたものの、自分の書く記事が読者さんの需要にどれだけマッチしているのかよく分かっておりません。

そもそも最初から、大して人気の出るような記事内容、投稿者でもないですが、もし「○○について聞きたい、知りたい」といったリクエストがあれば、記事ネタの枯渇を恐れる自分としては大変ありがたいです(まだまだ当分ネタには困りませんが)。そのテーマについて誠心誠意で書かせていただきます。
もしくは人生相談的な形でもOKです。

時事ネタ(政治系は苦手)、食育ミニマリズム、人生相談(仏教徒視点からの)など、その辺でしたら対応できるかと思います。

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